2018年1月24日水曜日

心に福をうみだす魔法の言葉遊びを子どもとしてみた




去年の冬至あたりに、

私は自分のエネルギーを
ガラッと変えました。

変えるために
21日間アファメーションと禊をしたわけですが。


先日、
小3の末っ子と、あるゲームをしました。

それは

しあわせをうみだす魔法の言葉遊び


単純に
「ほめあいっこ」をしたんです。


サラッと簡単にやってみたんだけど

お互いやっていくうちに

笑顔になって、お互いがうれしくなって

こそばゆいほど。


2人とも大満足でゲームを終えました。


ゲームの前は、
「毎日お風呂掃除すんの、嫌なんだよね」
と言っていた末っ子が

ゲームを終えたとたん

「風呂掃除してくるー♪♪」と
自分から風呂場へ。


とてもご機嫌で帰ってきました。


またやろうね、と約束。

末っ子が今後
どんなふうに変化するか見てみたいので
定期的にやろうと思っています。


ネガティブを解析するワークだけでは
自己肯定感・自己信頼感は
高まらないのではないか

というのが最近の私の思うところ。


ネガティブを味わい尽くす
ワークも必要ではあるけど

心にそれを受けとめるだけの
予備能力がないと
かえって闇に食われてしまう。

(時間を決めて淡々とやってほしい、というのはそのため)


特に予備能力がない状態で
ひとりで行う場合は

波動が落ち込んで
引きあがってこれないことがあるので
要注意。



それよりも
心の基礎体力を上げて
普段から自己肯定感・自己信頼感を高めておけば

ちょっとやそっとの
ネガティブって問題にならなくなる。


心に福があれば

鬼は入ってこれない


自分の波動が高まれば
低い波動のものは近寄れない


「心に福」の状態を
生み出せるようになるスキルを身につける方が
先なんじゃないかな、と。


子どもたちには
自己肯定感を高められるような
機会をたくさんつくってあげたいな、と思います。





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今日も最後まで読んでいただき
ありがとうございます(^o^)




2018年1月23日火曜日

【エニアグラム システム】クライアントさんの I can do it をサポートする




クライアントのMさんから
職場の責任者(上司)との人間関係で
相談を受けました。

直接やりとりをする機会がない中で
上司との意志の疎通がとれず

仕事ぶりに関して
ひとづたいに指摘を受けたようでした。

一方的に責められたように感じて
強い怒りを覚えたそうです。

怒りについてワークをし、
感情が収まったところで
相談をいただきました。


Mさん
業務についてもう少し説明が欲しいことと、困っている現状を、責任者に伝えたらいいのでしょうか?


責任者の性格についてざっとお聞きしました。

・仕事の要求レベルが高い
・要求が細かい
・仕事に追われていて、
 余裕がなくなるとヒステリック
・仕事相手には人気がある

まとめると、こんな方のようでした。


このタイプの方が嫌いなのは

・だらしないこと
・約束を実行しないこと
・任せたのにミスが多いこと
・段取りが悪いこと
・丁重に扱ってくれないこと

こういう相手の態度に、イライラを積み重ねます。

Mさんは、

●責任者の前では↑こういったことに気を付ける
●指摘されたことはメモして見返すようにする
●指示を軽視するそぶりを見せない
●いちいち反論せず、丁重に質問して聞き出す

こういった対処をしてください

ということをお伝えしました。

強い感情に揺さぶられた時に
きちんとご自分をかえりみることを
されていたので

その次にするべきことを
ざっくりお伝えしたんです。

数日後、Mさんから
メールをいただきました。

Mさん
アドバイスいただいたことを意識してみました。

特に目の前ですぐにメモを取り、わからないことを確認しました。

責任者も私を困らせようとしているわけではありませんでした。


Mさんは、アドバイスを素直に実行されました。
つまり、
相手に対して誠実な態度をとるということ。

上司のことをわかろうと歩み寄る姿勢が
お相手にも通じたのでしょう。

わだかまりがほどけたようでした。



目の前でメモを取るっていうのはいいですね。
すぐ実行されて、すばらしいです!
よかったです。


感情のちょっとした行き違いで
人間関係はきしみやすいもの。

特に業務の責任がかかる職場では
悩みの種ですね。


こういった小さな行き違いの
積み重ねから
相手へ苦手意識を抱えてしまい

仕事全体への意欲を失っていくのは
もったいないことです。


Mさんは、ご自分で
イヤな気持ちへの対処が
できていました。

なので、もう一歩進んだ
アドバイスをしました。


ある程度ネガティブな感情が
おさまったら

現況を打開するような行動を起こし

「I can do it (やればできる)」という形で
ネガティブな感情をひっくり返すこと。


ヒーリングといった方法では浄化しきれない
ネガティブな感情が
芯から浄化されます。


ヒーリングや感情ワークは
マイナスをゼロにするものであって
プラスに動き出すためのものではありません。

※ヒーリングとはそういうはたらきのものです。
ヒーリングを否定しているわけではありません。


ゼロ状態は、
状態が悪くなると
容易にマイナスに引き戻されます。


ゼロからプラスに動かすには
本人が痛みを打開する行動をとり
「I can do it (私にだってやればできるじゃない)」
という感覚を得て
はじめて可能になります。


前へ進むときは
この I can do it の小さなくり返し。


小さな積み重ねを軽んじない人が
前に進んでいける人です。


私はアドバイスはできますが、
ゼロからプラスへ
最後の浄化を起こすのは
ご本人の行動のみ。


今後は、
ゼロからプラスへ転換するためのサポートに
重点を置こうと思っています。


クライアントMさんの成長に
私もすがすがしい気分になりました。

Mさん、自信持ってくださいね。
あなたはできる人です!


+  +  +  +


Mさんへのアドバイス。

実は木村龍星先生直伝>>
エニアグラム心理学にもとづいて
お相手を読み解いたことを
ベースにしています。


私は、Mさんの責任者にお会いしたことはありません。
それでも、わかるんです。

・もともとの気質
・されたらうれしいこと
・されたくないこと


このあたりがわかって
対処すると
ムダな摩擦を避けることが出来ますよね?


それは、
自分を押さえて相手に合わせる、なんて
受け身、消極的な方法ではなく

相手のことを知った上で
あえてやっている、ということ。

それだけで、
見えない主導権がこちらの手中に渡るんです。
(見えない、というのがポイントです)


言い負かしあうようなやりとりをして
主導権を奪い取ることだけが
方法ではありません。
(それはとっても幼稚な方法ですから)

いかに見えない主導権を握って
静かに場を制するか

そっちの方がおもしろいですわたし的には。

木村先生の生きたエニアグラム、
奥が深くて
本当におもしろいです。



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最後までお読みいただき
ありがとうございました。


2018年1月17日水曜日

ホームページリニューアル&メルマガスタート






30歳からの女性へ



人生の選択はこれでよかったのか、

他人とくらべて、

焦ったり、悔いたりしていませんか?


  
何をやっても中途半端な自分に

いらだちを感じながら

私の人生なんてこんなものか、と

半分あきらめながら 生活していませんか?



年齢を重ねるごとに

自分の可能性がどんどん奪われていくようで

ふと無力感にとらわれ

何もかも放り出したくなったりしていませんか?



こんなこと思うなんて

わがままかもしれないと思いながらも



「毎日がつまらない、心の底から楽しめない」

と 、感じていませんか?



私もあなたと同じ。



家庭があって、子どもがいて

仕事を通して必要とされていて

人並な幸せを手に入れたけど、



もっと、もっと私らしく生きたい!



という思いが 常にあります。



自分の幸せ

まわりの人の幸せ

お互いを邪魔せずに




調和して続いていくような

そんな生き方心のあり方

いつも考え、探しています。
  
 
 

朝起きることが、楽しみなくらい
人生に ワクワクしたい 
  


年を重ねても、

自分らしいライフスタイルを
軽やかに楽しみたい 
  


自分らしい幸せのあり方を、

誰の目も気にせずにまっとうしたい 
  


人生
突き抜ける経験をしてみたい 
 
 



そんなふうに生きたいなら、

自分の本質
を目覚めさせましょう。



毎日をなんとなくやり過ごしている

あなたのために

毎回小さく生まれ変わるための

メールマガジンを始めました。



よりよく生きるためのヒントや

時にはスパ―シ―なアドバイス


ブログでは書けない

セキララなエピソードや突っ込んだ話題

勉強中のエニアグラム心理学や調香のこぼれ話


などについて、お届けします。



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2018年1月14日日曜日

ファミリー・ヒストリー(3) ~ 途切れた愛をつなぎなおす






出兵先の中国からわが子への手紙


美しき母国での懐かしい味と父子の愛情は、遠く離るる程恋しさが増して来ます。
〇〇も達者でお母ちゃんの乳房を吸っているんだろうね。
濱田でわが子として初見した父の心は、〇〇には知る事が出来ないであろうが
愛に焦がれて泣く鳥よりも泣かぬ蛍が身を焦がしの例えで、
親と子の別れこそ断腸の想いであった。
遙か異国で国家にご奉仕する父のことを思い、お母ちゃんの膝の上でお乳を飲んで早く歩め歩めする様になっておくれ。
お母ちゃんの教えを守って人一倍な子供になってくれ。異国の地より〇〇へ。
お母ちゃんにも山々よろしく伝えておくれ。さよなら
〇〇へ     父よろし



父は、この手紙を見たことがあったのかな?

明日がわからない身で
命を託すようなこの手紙。


この手紙には、
ありったけの愛情が込められていて
胸が痛くなる。

妊娠さなかに、
妻子の元から離れてしまったのは
決して本人の意志ではないけれど

それでも、
父親のありったけの愛情は
息子の鼻先で受け取り保留にされたまま
時間が止まっていた。


自分が一度も呼んだことのない
「お父さん」という呼び名を
妻の父親に言えなかった。

一人娘の私から
「おとうさん」と呼ばれるたび、
父はどんなふうに感じていたんだろう。




親子の心の行き違いって
こんなことの連続かもしれない。

こうやって
少しずつ少しずつ
家系のエネルギーがゆがんでいく。


私にできることは

家族の物語を明らかにして
拾い上げられなかった想いを
私のなかで理解して
つなぎ直して

途切れていたエネルギーを
通し直すこと。


そして、
こうやって文字化して
日の目にさらして
私の手元から宇宙へ返していくこと。



そして、もう一つ。

母が言っていた。

「これはお父さんへ宛てた手紙だけど
 おばあさんへの手紙でもあるね」


祖母は、うら若き娘だった頃に
生業の手伝いとして
親戚の家に養女に入り、

まるで女中のような扱いを受けていた。


そんなだったから
婿養子である祖父は
妻に直接手紙を書くことなど
はばかられただろう。


この手紙を読むだろう妻への想いを
わが子への言葉にしのばせて
きっと書いたのだろう、って
母と話した。


女中のようだった祖母は

自分の産んだ子どもなのに
満足に世話もさせてもらえず
戦死した夫に代わり
家業のために必死に働いていた。

子どもが
小学校で発表をする、運動会で走る
そんな時も
ゆっくり見に行くことは許されず、

気を利かせた知り合いが
出番を教えに来てくれて
走って見に行って戻ってきていたそうだ。


祖母の中では
祖父はずっと24歳の
美しい記憶のままだった。


私たちが結婚した時
オットは24歳だったから
あの若さで、と思うと
祖父はどれだけ無念だっただろうと思う。


93歳まで生きた祖母は
母と私と孫に看取られて
静かに息を引き取った。


機械も点滴も何もつながれず
みんなで祖母の好きだった
うたを歌って、体をさすって。


父も、祖母も
悔いなく看取りをして
それでも、
時折こうやって出てきたストーリーを
よりなおして紡いでいくことは
私の仕事。




そして、
祖父の想いに直接触れることができて
本当によかったと思う。


死後80年たって
トランクが見つかり
祖父の手紙が日の目にさらされたのは
縛りがほどけるタイミングだったんだろう。


父と私との間のエネルギーの滞り。

でもその前には
祖父と父の滞りがあった。


祖父までさかのぼって
そこからつなぎ直せたことで
自分の中ですっきりと開通したものがあった。


もういいんだ、って
思えた。





2018年1月13日土曜日

ファミリー・ヒストリー(2) ~ 途切れた愛をつなぎなおす









わたしは、自覚がないんだけど

「父に拒絶された」

という根深いトラウマを抱えている・・・らしい。



バーストラウマの勉強をはじめる前から、

私は自分のカルマは
母との確執からきていると思っていた。


でも、調香師の辻先生
「お母さんじゃなくてお父さんの方からきている」
って言われ、

エニアグラムの木村龍星先生にも
同じことを言われた。

(父のことを言われたのはこの2人だけだった)


たしかに私、父とお風呂に入った記憶が
一度もない。
それは、赤ちゃんの時
私が泣いて拒絶したからなんだそうな。


私の心の深いところには
「父に拒絶された」って想いが
ずっとあったのだと思う。



記憶の中での父から
ひどいことをされた記憶はない。

物静かな人だったので
怒鳴りつけられたり
叩かれたりしたことは一度もない。


なのになぜ???




私はきっと心のふかーいところで
感じ取っていたのだろうな。


父はきっと「父親」になることが
ずごく怖かったに違いない。


彼自身が、
一度も父親とのふれあいのないまま
父親の愛を受け取ることのないまま
大人になり

妻の父親のことさえ
「お父さん」と素直に呼べないほどの
痛みを抱えていた。


頭ではわかっていても
自分が父親になることの
底知れないこわさを
感じていたんじゃないのかな。


私は、それに反応したんだろう。

それで、拒絶されたと
思い込んでしまったんだろうな、って。




2018年1月12日金曜日

ファミリー・ヒストリー(1) ~ 途切れた愛をつなぎなおす


今回の帰省には
大きな目的があった。


祖父-父-私、と連なる
父性のカルマをほどくこと。


日中戦争にて戦死 24歳


夏に実家の断捨離をした。

屋根裏の骨董の山の中から
ふるぼけたトランクが出てきた。

鍵がされていて
その時は開けることができなかった。


秋口だったか
母から電話があった。

トランクを開けてみたら、
戦死した祖父からの手紙が出てきた、と。

その話を聞いて
私の中でねじれた糸が
ただされた。



+ + + + +


雲照律師

直系ではないが
祖父は雲照律師にかなり近い筋から生まれた。

だからか
父は、雲照さんにすごく似ているな~と思う(笑)

一族はもともと出雲平野の農家なのだが、
初代にあたる夫婦が大社町で家を興し
商売を始めた。

子どもに恵まれなかった夫婦は、
親戚の農家から養女をもらった。

それが祖母。


「養女」と言えば聞こえはいいけど
商売をしていた養父母のもとでは
女中同然の扱いだった。


あまりのつらさに
泣いて飛び出して、気の遠くなるような
距離を歩いて実家へ帰ったことも。


けれども実家についたら
すでに連絡が来ていて
とんぼ返りで引き戻された、と。


一度結婚するが
相手の男性に
店を継ぐ才覚がないということで
すぐに離縁させられた。

そんな時代だった。


二度目の結婚の相手は
親戚筋の男性。

それが祖父。冒頭の兵隊さんだ。

祖母より4つ年下で
若かったが
男前で気立てがよく、
商才もあったそうだ。


やがて、祖母は身ごもった。


けれども、
しあわせは長くは続かない。

祖父に、召集令状が届いたのだ。



妻のおなかに子を残したまま
祖父は召集されていった。

どこがバンザイか。


その年の12月、父は生まれた。

待望の男の子。


1カ月後、
県内の駐留地にいた祖父の元へ
養父母と連れだって赤ちゃんを見せに行った。


祖母もついていったが
主導権は
養父母が握っていた。


養父母が赤ちゃんを
父親へ対面させる場面に
母親である祖母が同席することは許されず

祖母は、話し声も聞こえないような
遠くから
その様子を見ているだけだった。

もちろん、それ以上近づいて
夫と話すこともできないまま
短い面会を終えた。


その後中国へ渡り、
銃弾を頭に浴びて戦死した。

24歳だった。



だから、
父は「父」を知らない。


戦没者は英雄扱いされ
その子も「戦死者の子」として
特別扱いを受けた。


だから、父は
わりとみんなから可愛がられ
ちやほやされて育った。


そんな父の苦悩を知ったのは、
祖父からのはがきを見つけた時に
母が話してくれたエピソードだった。


母と結婚する時、
父は言ったのだそうだ。


自分は父親がおらず

一度も【おとうさん】と呼びかけたことがない。

だから、お前の親父さんに

【おとうさん】と言うことがどうしてもできない。

悪く思わないでくれ。



私はその話を聞いた時、
自分の中の見えないカルマに光が当たって
スルスルとほどけていくような
感覚を得た。


私の知らなかった父の痛み

はじめて触れた気がした。




2018年1月11日木曜日

プロスタグランジン、出すぎかよ!!






年明け早々、
家族の中で私ひとり
インフルエンザになったわけですが。

発症してから4日経過しても
依然として
体じゅうに痛みがありました。

その痛みは移動性で
膝裏、坐骨、腰、背中、顎関節

じっとしていられないくらい痛いので
横になっていてもツラいわけ。

解熱しても、なんで痛みは
毎日新たに生まれるのか・・・

で、ネットで検索してみました。


  インフル 痛み いつまで


調べたらね 

https://minacolor.com/parts/20/articles/218/

ウイルスを捕食する
免疫細胞が活発に働くと生成されるのが
サイトカイン。

サイトカインの過剰な分泌を
おさえるために、
一緒に生成されるのが
プロスタグランジン。

プロスタグランジンが、
全身に痛みを感じさせる
原因となっていると考えられています。

プロスタグランジンによる
関節痛や筋肉痛などの体の痛みは、
身体がインフルエンザウイルスと
戦っている証拠といえます。


だそうな。


プロスタグランジンは
発痛物質。


つまり、私のこの痛みは

インフルエンザウィルスに
よるものではなくて

私の体内で
私が作り出していたもの
だった。


なんだよ、
プロスタグランジンかよ。


「プロスタグランジン、多すぎ!!」


って、
私は自分に突っ込んだわけ。


そしたら・・・・

魔法が溶けたかのように

一時間もしないうちに
痛みが消えてしまいました。


痛みが消えると、
自分の体が
回復していく感触が
すごく伝わってきた。


それで、気づいたんです。


私は
「痛いのヤダー!!」って言いながら
反面、その痛みに
どっぷりひたっていたんだ、って。


痛みは
私が作り出したもの
(私側の要因)


私は、
自分でつくり出した痛みに浸って
「いたいよ~、いたいよ~」って
やってただけだった。

いや、だけってことはないけど(笑)

で、原因をちゃんと調べたら
目が覚めたのね。


いつまで
プロスタグランジンごっこ
やってるつもりか!? って


そうしたら、
痛みは霧散していった。


それで、心底思った。

心の痛みもおんなじだ、って。


痛みと向き合うことは
たしかに大切だし
私もずっとそう書いてきた。


でもね、
トラウマってね、
トドのつまりは自分が作り出してるのよ。


ホントごめんなさいね
ぶっちゃけ言うと

中には

もうとっくに手放せるはずの痛みに
いまだにどっぷりつかって
いつまでも苦しんでるの
もういい加減にしなよ、ってことも

あるんじゃないのかな?


かつての痛み
たしかに苦しかっただろうけど

その幻、痛かった頃の感覚を
いつまでも
手元に残そうとしてない?


引きずっているかぎり

それはエンドレス、
迷宮のように延々続く。


痛みの原因は
自分の発痛物質だったと
ハッと目覚めて
「出すぎだよ!」って
手放した時のあの感覚。

私は、すごく
すがすがしく感じたよ。


私もさ、

自分のネガティブを
とことん味わい尽くすことで
昇華させるって
そういうスタンスを大事にやってきたけど

今回の発痛物質の一件で

その信念も
もう手放していいな、って思った。





アイスがくっついているなら
食べればいいけどさ、

もうアイス食べ終わって
棒だけになってるのに


「まだ吸えば出てくるもん!!」って

一生懸命
棒をチューチュー吸って
いつまでも棒が捨てられない

とか。(子どもってそうだよね笑)



それ、プロスタグランジンごっこ、だから。
(痛み依存症)


うん、まあ
そういう世界でやってくのも
いいかもしれない。
あなたの深層がそう望むのなら。


私は

インフルエンザ、という火の禊で
私の古い信念(こうあるべき)に気づき

スパっと捨てられたのが
本当に気持ちよかった。




とってもいい一年の始まりとなりました♪




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